殺〇事件(上)




[現場にて]

「これの体がいまだに横に移動し続けているのはいったいどういうわけなのでしょうか?」
「経験のないあなたにはまだよくわからないかもしれませんが、それこそまさにこれが何かに殺されてしまったということを証明しているのです。私たち調査員はどんな小さなことも見逃してはならず、しかしまた同時にこれの全体を見失うということがあってもいけません。現にあなたは今これが横に移動している≠ニ言いましたが正確に言うとこれは全体の三分の一ほどを地面につけ、あとの三分の二は宙に浮かせたまま小刻みに震えながら真横というよりは若干斜め上方へ移動しているのであって、これらを総合したところから導き出される犯人像は単に横に移動している≠ニいうあなたの愚劣な意見から出てくるそれとは全く違ったものであるといっていいでしょう。これはあなたが考えているほど単純な事件ではありません。ほら、そこを見てください。おそらく殺される直前までこれが握りしめていたと思われる青色のキューブがまるで私たちをからかっているかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねています。そして私たち調査員のうち幾人かがなんとかそれをつかまえようと必死になって駆け回っていますが、青色のキューブは彼らの手をするりするりとすり抜けてしまい、どうしてもそれを捕らえることができないでいるのです(もっとも私の見るところあの青色キューブは単にこれが殺されるとき偶然持っていたものに過ぎず直接犯人に結びつくとは思われませんが、さっきも言ったように私たちはどんなに小さなことも見逃してはならないのです)。私たちが見ておくべきことは他にまだまだあります。たとえばこれ(まだ身元がわからないので私たちはこれと呼んでいるわけですが、わかりにくいのでこれからはとりあえずSRという呼び名を使うことにしましょう)は単体で生きているというよりはいくつかのサブSRの複合体であったと思われるのですが、犯人はどのようにしてそうしたサブSRを探し出してその全てを殺すことができたのでしょうか? というのもサブSRは大変複雑に入り組んでいるため、どんなに慣れていてもその全部を探し出すことは困難であり、しかも一つでもサブSRを残してしまったら、やがてそのサブSRが全体をのっとってしまい、結果的にSRを殺したことにはならなくなってしまうからです(これについてはあとで徹底的にSRの体を調べることによって徐々に犯人の手口がわかってくるでしょうが、私たちはこの場においてそうしたあらゆる疑問を胸に刻んでおかなければならないのです)。またSRの上半分の一部と下半分の一部とがまるで植物のつるのようにくるくると螺旋を描いてつながっているのも気にかかります。これも犯人の仕業なのかそれともSRがはじめからそうなっていたのか今の段階ではわかりませんが、いずれにしろこうしたことはどれも重要な手がかりとして私たちは今後大いに参考にしなければならないでしょう」



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