グローバル・ガヴァナンスと国際政治理論



政治空間を主権国家の枠にとどまらず,地球的(グローバルな)規模で構想するとき,そこには「人 間の営み」としての政治秩序への思考が,当然のこと内包される。中央政府が存在しないという意味 で,「アナーキーな」国際政治という場における「統合」の側面について語るとき,「グローバル ・ガヴァナンス(global governance)」というタームが,近年とりわけ注目を集めてきた。いわゆ る「グローバル・ガヴァナンス論」は,1980年代を中心に,特に米国において急速な発展を遂げてい った国際レジーム論の延長線上に位置づけられるものと考えられる。これに対して,後に明らかにす るように,英国では以前から別様の国際秩序についての構想が展開されてきた。

そこで本章では,まず米国におけるグローバル・ガヴァナンス論という発想を,1980年前後に盛んに 議論されたネオ・リアリズムから,国際レジーム論に至る一連の理論展開の流れの中に位置づけ,そ こから構想される国際秩序(ガヴァナンス)の特徴を浮かび上がらせる(以上T)。そして,1980年 前後という同時期から現在に至るまで展開されてきた「英国学派(English School)」の考える「秩 序(order)」を構成するための鍵となる論理を描出する(以上U)。それから,TとUを踏まえた 上で,その二つがどのような関係の上に立っているのかを考察する(V)。そして,「ヘテラーキカ ル」な様相を呈する今日の世界政治を捉えるための理論的視座の可能性について検討してみたい。最 後に,米国と英国における国際秩序への見方の相違から得られる国際政治理論上の問題提起を行い, 次章での議論に備えることとする。

国際政治学における古典的なリアリストの議論の前提にあるのは,国際政治に対する「ホッブズ的 イメージ」である。ホッブズ的イメージから描き出される国際政治の像は,いわゆる「万人 の万人に対する闘争」の場として国家間関係を捉え,そこでは国家間の対立は不可避の(所与の)前 提とされる。そして国家は,何らかの共通権力を畏怖する場合にのみ,秩序ある社会生活が可 能であるとされる。ネオ・リアリストの一人であるギルピン(Robert Gilpin)は,こうした 古典的なリアリズムの前提から一定の距離をおいた上で議論を展開しようとした。

ギルピンは,「国際システム(international system)」というタームに,「システムをコントロー ル〈統御〉(controll over)」するという意味を含ませる。従ってそこには,当時の(国際)政治 学者の多くによってとられていた国際政治に対する思考,すなわち国際関係においてはアクターの行 動をコントロールする権威が存在しないという前提から,一歩先に踏み出して論を展開しようとする 姿勢が見られる。ここでは,ギルピンの「コントロール」という概念を中心に,彼の国際システムに ついての理論の骨子を素描してみよう。

彼は国際システムという観点からすると,国家間関係には高い程度の「秩序」が存在するという。し かし,国際システムに対するコントロールを議論するときには,それは「相対的な意味でのコントロ ール」であるとか,「コントロールすることへの志向」を意味する。歴史的に見ても,また国内政治 においてさえも絶対的な意味でのコントロールなど存在しないからである。

そうした国際システムに対するコントロールを,ギルピンは「ガヴァナンス(governance)」と呼 び,それは三つの要素の働きからなるという。第一に,システムのガヴァナンスは,パワーの配分 状況による。第二に,国際システムにおけるガヴァナンスの構成要素は,国家間の「威信(prestige)」 のハイアラーキーである。そして,第三の国際システムのガヴァナンスを構成する要素は,国家間の 相互作用を「統制(govern)」,あるいは少なくともそれに影響を与える,一連の権利とルールであ る。「国際社会(international society)における国家間のパワーの配分状況が,誰 が支配し,システムの機能によって誰の利益が主に促進されるのかを決定する」のである。そ して,国際システムにおける安定の要因を,「優越(dominance)」という概念に求める論理を構成 する。彼は,国内政治における「政府(government)」に該当するものが,国際政治においては,覇 権国の優越であるという。そうした覇権国が,先述のように自国に有利なルールとしての国際公共財 を提供し,国際政治経済をコントロールしていくとされる。

そして,国際システムにおけるガヴァナンスの形態の動態に着目した上で,その安定と変容を論じ た。システム変容の要因として,環境的(外的)要素である軍事技術とテクノロジーの刷新,国際経 済的な要素,そして国内的(内的)要素について考察しているが,いずれもそれが国家の相対的なパ ワーの問題(配分状況)を変える場合に最も重要な要因となってきたと指摘する。均衡状態にあ るシステムが,各アクターの不均等なパワーの発展によって,システムの不均衡に至り,そうしたシ ステム的危機を解決する必要が生じてくる。歴史的に見て,覇権国がその地位を維持する負担 (先述の国際公共財提供の機能等)と,「優越したパワー(the dominant power)」の間に齟 齬をきたし,そうしたシステム的危機を平和的に解決できない場合に,「覇権戦争(hegemonic war)」 が起こってきた。そして,その戦争の後に新たな覇権が誕生し,新たな国際システムが形成さ れると立論される。

また,同時期に覇権安定論を展開したキンドルバーガー(Charles P. Kindleberger)は,「優越 (dominance)」ではなく,「リーダーシップ」という概念で,戦後の米国のリーダーシップに基 づいた世界経済のシステムを説明した。しかし,今やそうしたリーダーシップを有する国家は存在 しないために,世界経済は混迷に陥るだろうと当時論じた。そうしたリーダーシップによっ て,国際自由貿易体制が確立され,相互依存が度合いを高め,国内・国際政治経済は安定してきた。 しかし,一旦覇権が崩壊すると,創設された体制・制度も崩壊し,世界政治経済は混乱するという。


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