本書は、そもそもは太陽書房から公刊した『マヤ文明』の一章とする目的で書かれたも
のを、増補を施して一冊の形でまとめたものである。すなわち、この書は拙著『マヤ文明
―マヤ人たちの残した歴史―』で扱わなかったマヤ文字の解読を扱う、いわば姉妹編とし
て書かれたものなのである。マヤ文明全般についての概説は『マヤ文明―マヤ人たちの残
した歴史―』を参照いただけるとありがたい。 私は「マヤ学者」とは称さずに「ラテンアメリカ史家」を名乗っており、学会もメソア メリカ研究に特化したものではなく、アメリカ大陸とかラテンアメリカ・カリブ海地域の 学会に出るようにしている。本来私のような者はこうしたものは書くべきではないとも考 えていた。かつて、記念すべき第一回ロンドン・マヤ碑文ワークショップなどに出席し、故 人となったテキサス大学教授リンダ・シーラ博士やイェール大学のマリン・エレン・ミ ラー博士、現在ドイツのボン大学教授ニコライ・グルーベ博士のやることを、腰を抜かし て「ははあ、左様ですか」と感心して見ていただけの私がマヤ文字の入門を書くなどは夢 にも思っていなかった。マヤ碑文ワークショップに出た時私は上級班に一応配属されたが、 この班のドイツの博士学生たちの知識には驚かされたし、これで博士論文など書こうなん てのは間違いだと思ったのである(もっとも私は歴史家か考古学者をするか、あるいはそ の中間の道を行くか迷っていたため英国へ行ったのであり、幾分の興味はあったことは認 めるがマヤ文字の専門家になる意思があったら初めから英国には行かなかった)。 …… 最初は拙著『マヤ文明』の中で、読者が解読に必要な最低限の知識を身につけてもらえ るよう練習問題を付した現在の半分くらいの量で一章を完成させた。その章を書いた背景 に「この本の売上を伸ばすには、こういうことにも触れておかなければならないかなあ」 という邪悪な発想があったことは否定しない。しかし一冊の本としてまとまりが悪くなる こと、また価格的にも非常に高くなることから分冊としてこの本を書くことになった。 本来、拙著『マヤ文明』から出版の際割愛された章をわざわざ一冊の本にする手間など かける必要は無いのかもしれない。日本人の専門家が書くなり、特殊文字の研究がしたい 人がいれば英語の専門書を読んで独学すればよいともいえる。しかし解読を研究する一部 の専門言語学者以外の人間にとって、マヤ文字を勉強する時間は限られており、また日本 でマヤ文明に興味を持った学部生や一般の人が英語に堪能でない場合、言語の壁に阻まれ て興味を失うかもしれない。そういう意味で本書を書くことで学生諸君の初級段階の役に 立ってくれればと思った。 |