新見が案内した店は、地下鉄で二駅のところにあった。入口に、バー・ナナと英語でネオンが出ていた。どうやら日本人経営のバーのようであったが、傍らに付く女性は、西洋人、東洋人が交じっていた。新見が行き付けの場所のようで、座席の案内に、着物を着た日本人女性が出てきた。案外、客は入っていた。ボトルがキープされていた。その点は、日本のやり方そのままだった。大柄の金髪女性が、傍らに付いた。 「初めまして。宜しく」 英語であった。新見のところにも女性が付いたので、山本は、専ら自分のほうに付いた女性と会話を交わすことになった。 「日本からイギリスに来られたのですか? 仕事で来られたのですね?」 「そうです。仕事で来ました」 ざっくばらんに話しかけてくる女性であった。器量は並みで、良くも悪くもなかった。 「あなたは、イギリス人ですか?」 「イギリス生まれですが、もうイギリスには飽き飽きしています。イギリスは、良いところではありません」 山本は、何ということをいう女性か、と思った。 「イギリスの何処が良くないのですか?」 「もう、イギリスには、何日間くらい滞在していますか?」 女性は、山本の質問に直接に答えないで、そんな質問を返してきた。 「そろそろ十日間くらいになりますね」 「その間にも、鬱陶しく雨の降る日が多かったでしょう。イギリスは、からっと晴れる日がないのです。そういう天候だけで、憂鬱になってきますわ」 「嫌なのは、天候だけですか?」 「丁度天候のように、イギリスに住んでいても良いことがありません。私は近いうちに、アメリカに行きたいと思っています。アメリカの方が、遥かに良いと思いますわ」 山本は、このペギーという女の子、どうしてイギリスが嫌なのか、分かるような気がした。イギリスでは、十分な稼ぎが得られないのであろう。アメリカへ渡って、もっと金を儲けたい、そう言わんとしているような気がした。 「今回イギリスに来て、ホテルの料金が高いことに驚きました。お蔭で、旅費が足らなくなってしまいました。どうして、あんなに極端に高いのですかねえ?」 「この所ロンドンではインフレ傾向で、他の物価も大分上がっています。それも、ロンドンが住みにくくなっている原因の一つですわ」 「物価と言えば、東京も高くて有名ですね。ロンドンでは、ホテル代を除いたら、他の物価は余り気になりませんよ」 「そうですか。私は、ロンドンはもう私の住むべきところではないと感じていますわ。何とか早く、アメリカに渡りたいと考えていますわ」 山本は、考え込まざるを得なかった。どうしてそんなにアメリカを良く思っているのだろうか? アメリカン・ドリームがまだ生きているのであろうか、とも思った。経済的に恵まれないヨーロッパの人たちは、尚アメリカへ渡り、一旗上げようと望みを託しているのかも知れない。山本の思考は、そこまで発展していた。 バー内は、中央にダンスができるだけの空間があり、静かなダンス音楽が鳴っていた。踊る者が、三、四組有った。新見も、結構楽しんでいた。やはり外人の接待女性と、ダンスを始めていた。山本に全く気兼ねするところがなかった。 「踊れますか?」 ペギーが、山本に尋ねてきた。 「旨くは踊れませんが、動くだけならできます」 「じゃ、踊りましょうか?」 「お願いします」 山本とペギーは、席を立った。踊る姿勢となり、成程動くだけのダンスとなった。それでも、足のステップの方は何とか格好を作っていた。 「何か、ここ以外に仕事をしておられるのですか?」 「ここは、アルバイトですわ。昼間は、デパートの店員をやっています」 「じゃ、なかなか忙しいんですね。アメリカに渡る準備をしているのですか?」 「まあ、そういうことですわ」 |