一行C小説



データ

作者名 作品の分類 ページ数
山本幸生 小説 223

ISBN 書籍サイズ 定価(税込・円)
978-4-86420-343-2 A5 2,750





概要



黙示録的な独特の文体を有する作家・山本幸生による第六の存在論的小説。

一行ごとに世界がねじれ、意味が解体され、読者の認識そのものが試される――『一行C小説』は、著者が挑む《存在の超ドラマ》の実験場である。「現実」の枠を外し、意味の接合部を大胆に露呈させることで、読む者の思考は強制的に拡張されていく。不可解なのに鮮烈、難解なのに妙にクセになる。これは物語ではなく、読者の認識構造そのものを揺さぶる装置である。常識の外側へ踏み出す準備ができた読者にこそ届く、まったく新しい読書体験。

認識を揺さぶる、新感覚文学。



一行C小説とは何か(著者コメント)

私はこれまでずっと自分が「長編創作」タイプの人間だと思ってきた。

私のスタイルというのは「現実」世界を最も根本的な構造部分から作り直し、その完全に更新されたところの新たな「基層」の上(あるいは中)における「存在」たちのドラマ(?)を描く、というものであるので、作品に登場する「存在」たちの根拠というのは全てその「作品内」のみにしかなく、必然的に、その作品自体において「全てが語られて」いなければならないからだ。

ある一つの「世界」と、その中の存在たちを描いていくと、不意にまた別な「世界」へと至る抜け穴のようなものが見出され、そこを通り抜けていくことによって、それら双方の「世界」を統合した構造が必要とされ、また不意に現れた別な抜け道に入り込んでいくことにより、更にその「先」をも含めた「構造拡大」が行われる、ということで、これを繰り返していくと作品はどんどん無際限に長くなっていき、最終的にはあるところでぐるっと回って再び元の「構造」へ帰ってきて終了、という感じになるわけで、これが必然的に作品の「長大化」をもたらす、ということである。

私自身の感覚としては、この方向でもって「まだまだ先に行ける」という感じはしているのであるが、その一方で、これまで続けてきた「多世界の統合構造」の創作(あるいは構成)というものが既にある程度行くところまで行っており、これを更にもっと拡大していくというのも良いが、いったんここで立ち止まって、そうした、いわば「超構造」内において我々の「現実」世界というものを「完全処理」したらどうなるか、ということについての興味がこのところ新たに湧いてきていたのであった。 つまりこれは、もちろん一つの「創作」であるわけなのだが、同時に、私が言うところの「超構造」の中において「意味」というものをどれだけ自由な形で「操作」できるのか、ということについての「実験」でもある。

すなわち、個々の事物や事象というのは、それらが基盤としているところの「存在枠」というものを(私が言うところの「超構造」にまで)極限まで拡大していくと、それら自身の固有性というものが消失、あるいは不確定なものとなり、結果として、局所的な「存在枠」の中では無関係であったもの同士にある種の重複、あるいは「接合」部分が生じてくるのであって、それらを繋ぎ合わせていくことによって、いわば「存在の超ドラマ」(ともいうべきもの)を創作することが可能だ、ということである。

しかしながら、それはもちろん「通常枠」の範囲内においては成立し得ない「ドラマ」であるわけなので、おそらく本書に現れてくる「小説」を見た読者のほとんどは、その「意味」というのが全く理解できないであろう。

私自身の創作の目的というのは、(通常の意味における)「現実」世界という枠の中での「関係」の表現ではなく、絶えずその枠を拡大し、同時にその拡大された枠において新たな「構造」を作り出していく、ということであるわけなので、「通常枠」の範囲内で意味が理解できない、というのは当然というか、まさに「そうであるように」作っているわけであるが、そうであるから、この「創作」自体に全く意味がないのか、というとそうでもないのではないか、と私自身は思っている。

まずは何よりも、このような創作行為によって作者である「私自身」の構造拡大(あるいは確認)がなされる、ということはとりあえず置いておくとして、読者にとっては、「通常の枠」をどこまで拡大すればそこに「意味」を見出し得るのか、という方向での知的なインセンティブが働くのでは、ということに期待している次第である。そしてその結果として、「現実世界」における意味というものも、それ自体が完全に潰れた形で否応なく「突きつけられ」ていく、という方向での(現実世界との)「繋がり」を生じさせることができれば、と思っている。

「存在を存在として研究する」というのは哲学などにおいて古来より言われてきたことであるが、先述のような「存在枠」というものを可能な限り拡大していくと、各々の存在というものが自己破綻し、認識し得る「存在」としての固有性を持ち得なくなる、というのがこの問題についての「解」である、と私は思っている。私はそれを「A≠A」という一種の擬似数式(論理式)で表現しているのだが、これがまさに先に述べた「超構造」なるものの原理であると言えるだろう。

この(A≠Aを「原理」とする)超構造の中においては、(人間も含めた)あらゆる「存在」は互いに深く関係し、従っていかなる「組み合わせ」においても、それぞれの根幹に触れる「ドラマ」が生じ得る。それをごく短い文で表現したものがこの「一行C小説」に他ならない、と言えるだろう。

なお、この「C小説」のCが何であるのか、というのはそれほど本質的なことではないが、一応、Contemporary(現代)、Contradiction(矛盾)、そしてCosmic(宇宙的)、更には「レベルC」である、というような意味も込めているつもりである。しかし、これらの意味を考えた後に命名した、というわけではなく、あくまで直感的につけた名前なので、特に気にする必要もないだろうと思う。なんとなく「かっこいいな」と思ってもらえれば私としては十分である。 ここに掲載されている多くの「小説」の中には、上述のような「理論」(?)に忠実なものもあるが、一方では、比較的「わかりやすい(イメージしやすい)」ものもあったりするので、読者においては色々な方面から楽しんでいただければ、と思っている次第である。




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