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数学に限らず、何かを「理解」するとはどのようなことを意味するのであろうか?
歴史的に見ると、「理解」については哲学的な研究をはじめとして、学習心理学
などの心理学的な研究が行われているが、最近では認知心理学や脳科学から
のアプローチが目覚しいようである。 「理解」は認識のひとつであるから、教育に携わる者は、完成された大人の認識 についてはもちろんのこと、発展途上にある子どもの認識様式やその質的な変化 とその時期などについての知識が必要になる。これに関しては発達心理学の分野 でJ.ピアジェが、子どもの認識発達を旧来のような哲学的支弁に陥ることなく、 たとえば『数(あるいは量)の発達心理学』などに見られるように(もちろん、その手法 に異論がないわけではないが)、綿密に計画された実験を通して科学的に解明し ようとした。ピアジェは、数多くの業績を残しているが、とりわけ認識の発達を心理 学的にだけでなく生物学的にも考察することによって、人間の精神発達には、感 覚運動的段階、前操作的段階、具体的操作段階、形式的操作段階という質 的に異なる4 つの連続移行段階があることや、主体と対象の相互作用を重視し て、その精神発達段階上にある精神構造(シェマ《schema 》)を駆使することによっ て対象を主体の中に取り込むことの中に発達があることを指摘したことは取り分け 白眉である。 それは、今から考察しようとしている「理解」にとっても重要な事柄である。「取り 込む」ということは、ピアジェの言葉でいえば「同化」である。それは、生物が食物を 摂取して自分の体を構成している組織に変化させることであり、「理解」に関わる 言い方をすれば、外界から得た知識などを完全に自分のものとすることである。ちょ うど「腑に落ちる」といったところである。さらに「同化」と同じく「調節」という機能も 重要である。というのも、既存の組織(知識体系、精神構造《シェマ》)では摂取や 吸収のできない、あるいはできづらい食物や知識に遭遇した場合には、それらを 摂取・吸収できるようにその組織を自ら都合よく整え直す、つまり再構成(リストラ) するという「調節」が必要であるからである。 「理解」したい事柄を既存の知識を礎にして関係・関連づけられるか、あるいは 既存の体制では対応し切れない事柄であれば、その既存の体制の一部修正や 全面改訂、あるいは新規創設を行ったあとで関係・関連づけられることで「理解」 がなされる。後者を怠って、鵜呑みという方法で、つまり「暗記」することで数学の 学習を切り抜けようとして自滅する例は多いことである。 このように、主体(学習者)の持っているシェマを同化・調節することを通じて、対 象を取り込む過程の中に「理解」が生じるのではないか、それと同時進行する心の 動き、つまり、あの「わかった!」という感情の迸りも「理解」にとって重要ではないか と思われる。 それは、完全無比で論理的であり感情の入り込む余地がないと考えられがちな 数学の学習における「理解」とは、論理だけで語ることはできず、感情の承認といっ た心理的な側面も重要な役割を担っているからである。特に教育上でそれが持つ 意味は大きいと考えられる。 |
<続く>
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