立ち読み


停滞

(原本にはルビが付きます。句読点の位置およびその使用法は執筆者の意図によるものです。)

 何かになろうとして、ずっと考えていました。
 何かになろうとする自分。まだ何にもなっていない自分。もし何かになったら、そこにはもう何かに なろうとする自分はいない。何かになるためには、その何かになろうとする自分さえ捨てなければなら ないという背理に気がつきませんでした。何かになろうとする自分がいるからこそ、何かになろうとす る行為があり、結果として何かに行き着くはずなのに、途中でその意志を消して行為のみに終始しなけ ればならない。目的は度外視して手段を行う。つまり、努力や忍耐という架け橋が当然必要であること を、自覚していませんでした。
 私はこのままでいい。何かになろうとすることを止めました。今を徹底させることに定着します。
 だから、喫茶店を始めました。
 毎日、お茶を飲むいろいろな人を見て、時には会話をし、その場限りの感想をもつ。その積み重ね で、結局私という人間は何らかの形成・更新を無小限に続ける。後は、生活。普通に必要な行為を意識 的に、大そうな事柄であるように行ってみようかな。例えばお風呂掃除、

 店を閉めてからの夜は、何を意欲していいのか、食欲が済んだ後は、何だろう、生活欲だろうか。
 普通にしていて、いいんだろうか。浴槽を洗って、湯を張って、そこで体を温めたり洗ったり。それ だけの行為に見えるけれど、それだけではないから、想定される絶対的な生活ではない「イロハ」があ る。この石鹸の色、タオルの大きさ、乳液の種類。どうして私はこれを選んで自分の生活として設定し ているの? 何かを意欲しているからでしょう? だからそれに向けてこれが必要だったんでしょう?
 じゃあ何を、何を意欲しているの?
 分からないよね。でも何かに向けた意志というものが必然的にある。安心して、この場にいるという ことは、難しい。
 絶対的な生活なんて、自分では設定出来ない。だって、考える自分を把握することはできないか ら。どんなに自分を設定してみても、そこにはまだ設定しきれていない自分が必ずいるから。自分を設 定するとは、そういうことだ。設定するとは、設定しきれない自分を残すということ。

 お風呂、入ってきました。私、体を洗うという作業は掃除と同じで面倒に感じるんですが、それで も、あがった後はスッキリしますね。確かに汚れが取り除かれたという感じで、最低限の衣服で十分で す。お風呂上りにパジャマを着たり、簡単にタンクトップだけだったりするのは、着飾る必要がないく らい自身がナチュラルになったような気がしているからかもしれませんね。
 休むのに適した格好だからとは思いたくないね。どんなに締め付けていたって、私はくつろげる。そ れは、ともかく
 特に、この腕がキレイ。褐色でうぶ毛まで滑らかに見える。でも、誰かの目に曝した途端、キタナく なるのだろうけれど。
 こんな手持ち無沙汰な時は、お酒をいれてみる。残った焼酎があるからウーロン茶で割って飲んでい るけれど、こういう味はあまり感性を刺激しないね。アルコールを摂取するのは、気持ちの中の一部を 極端に突出させたいからだ。その部分に効果的に働きかけてくれるのでなければ、飲む意味がない。あ まり眠くもないけれど、布団に入ってしまおうか。まったりした疲労感は背中の後ろに控えている。明 日の朝になれば、そんなの頭のずーっと向こうに飛んでいってる。
 実は、寝室に使っている部屋は、まだ拭き掃除が残っている。掃除機は早くにかけたのに、雑巾を使 っての作業はどうしてもイヤで、もうこの時間だ。午前一時近い。寝る前には、どうしてもやらなけれ ばならない。そうでなければ布団が敷けない。
 帳簿ヅケと一緒。味も匂いもない白黒の線画作業だ。


<続く>


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