日置の源流



書評(山陽新聞、2006年2月16日)
「日置の源流」刊行に寄せて
−画期的な弓術書翻刻−

定兼学(文学博士)
汗と涙のイメージがある大学運動部のOB会が、江戸時代の古文書を解読して世に問うた。これには、三つ幸運があった。一つは、OBに歴史学関係者がいて、弓術書を発見できたことである。二つに、弓関係の古文書を解読することを生きがいとしているOBがいた。三つに、この江戸時代の弓術書を解読翻刻することが、日置流の伝統を受け継ぐ岡山大学体育会弓道部の五十周年記念誌としてふさわしいと判断したことである。さすが多彩な人材を輩出し、懐の深い学風を有する岡山大学ならではの快挙といえる。

弓道は、「礼の小笠原」「射の日置」といわれる二流派に大きく分けられる。小笠原流では、弓を体の正面から打ち起こすのに対して、実戦を重視した日置流では弓を的方向に向けて斜面で打ち起こした。こうした違いがあるがゆえ、それぞれ伝統を受け継ぐ人たちは、自分たちの弓道の正統性にかかわる研究に熱心であった。したがって、ここに日置流弓術書を翻刻刊行することは、当然の運命ともいえるのである。

日置流のうち印西派といわれる弓術の始祖は、戦国時代近江国出身の吉田源八郎であるが、江戸時代はじめ吉田家一族は、岡山藩や足守藩に召し抱えられた。本書は、足守藩に伝わる吉田家弓術書のうちより十一点を翻刻している。中身は、吉田家の系図、競技方法書、弓術用語解説書、指南書、免許皆伝目録などであり、宗家の一族であるがゆえに秘伝されていたもので、いずれも本邦初公開の資料である。圧巻は全四百十五nのうち百三十nにおよぶ「日置流弓印可目録・秘歌の巻・無言歌」である。ここでは流派を超えた弓の奥義が語られている。本書の題名を「源流」としたことがうなずける。

本書は、これだけ大部の充実した弓術秘伝書を世に知らしめたという点で、日本弓術史・武道史研究に大きく寄与する書物であることは間違いない。のみならず、弓のことをあまり知らない人にも、歴史書とか教養書として、実に意義深い書物ともいえる。

第一に、吉田家の仕官方法から、江戸時代の武家の召し抱えられ方がわかる。第二に、弓術技法書などの中から武士道の神髄が読み取れる。第三に、師匠たるもの、弟子が「自然に治する様」に教えなさいという指南書などから、現代に通じる教育法がうかがえる。そして第四に、資料そのものの翻刻だけではなく、初学者向けに、読み下しにして、しかも全文にルビを付けて活字化するという工夫を施している。図面もそのまま掲載されていて、みて楽しい。江戸時代には免許皆伝者にしか伝わらなかったことが、本書によって間違いなく読者の血肉へと結実するように編集されている。歴史をこころざすわたくしにとっても驚愕と感動の一書であった。


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